近鉄枚岡駅前、枚岡神社の参道入口に
「元春日平岡大社」
と刻まれた大きな石柱が立っています。
… 平岡?
… 枚岡、じゃなくて?
諸国の一宮には、旧字体か新字体かで表記に揺れがあるケースはよくありますが、「枚」と「平」のように全く別の文字で記された神社名が、参道の標柱のような「神社公認」っぽいところに堂々と表示されているケースは他に心当たりがないですよね。
ちょっと気になりましたので、調べてみました。
1967年に出版された「枚岡市史」(現在の東大阪市が発足する前にあった、旧「枚岡市」の市史)には次のように記載されています。
| 枚岡神社はこの神津嶽から西方に向かって下降する一条の尾根のふもとにまつられている。この尾根はさらに下って平野に突出し、航空写真または南北から見ると、尾根の突出した地形をとらえることができる。この尾根こそ、枚岡の名のおこりであったと考えられる。枚岡の文字は中世・近世には「平岡」と書くようになったが、この文字のあらわす「平たい岡」ではなく、「一枚の岡」という意味に解することができる。 |
ここで「一枚の岡」の「枚」には「ひら」とルビがふってあります
つまり、どちらも読みは「ひら」だが、意味としては「平」ではなく「枚」が正しい、という説明ですね。
また、同じ「枚岡市史」には次のような説明もあります。
| 中世以来、枚岡神社の祠官として知られていたのは、水走氏や鳥居氏であった。彼らはともに平岡連の子孫であって、氏神としての枚岡神社に奉仕してきたのであった。(中略)平岡連というのは、中臣氏の一族であろうとみられる。(中略)枚岡神社は、この平岡連が創祀したものであるから、平岡連の子孫が当社に奉仕してきたのは、けだし自然のことであったであろう。 |
古代においては「呼び名」が先にあり、そこに後から異なる漢字があてられて併存することがしばしばありました。
お隣の摂津国一宮・住吉大社も、かつて「住吉」の地名は「墨吉」とも表記されたそうです。チャッピーさんに教えていただいたところでは、「墨吉」は「地形・水辺(墨=黒い水・湿地)を連想させる在地的表記」だそうですから、土地本来の意味付けとしては「墨吉」が正しいのかもしれません。
「ひらおか」に関しては、より古い時代からこの地を治めた「ひらおか連(むらじ)」には平易な「平」の字が用いられて定着し、後から平岡連が創祀した「ひらおか神社」には意味にこだわりをもって「枚」の字が用いられたということでしょう。そんな背景もあって、
ということで、近現代に至るまで両方の表記が並び立ってきたようです。
このことは戦後、この地域の町村(平岡連ゆかりの地域にあたる)の合併に際して、新しい市の名前について
などと意見が対立する原因にもなったようでございます。最終的に「枚岡市」に落ち着くまでには「名前は譲るから、役所はよこせ」的な条件闘争もあったようでなかなか面白いので、ご興味のある方は先ほど引用した「枚岡市史」などで調べてみてくださいませ。国立国会図書館デジタルコレクションなどで読むことができます。
少々脱線が長くなりました。ご容赦くださいませ。
というわけで、今回は河州一宮・枚岡神社へのアクセスのご紹介でございます。
枚岡神社の最寄駅は、近鉄奈良線の枚岡駅です。

枚岡神社最寄りの近鉄奈良線「枚岡駅」には、「区間準急」と普通電車が停まります。
準急・急行・快速急行・特急は停まりませんのでご注意ください。
枚岡駅へは、新幹線で新大阪駅へ到着されたあと枚岡神社に直行するのであれば、所要時間的には大阪の中心部を経由する方が若干速いですが、わかりやすさ優先ならばJRおおさか東線で向かうルートがおすすめです(所要時間も数分程度しか違いません)。
なので、ここではJRおおさか東線経由での行き方にてご説明します(大阪中心部経由で行かれたい場合は次項をご参照ください)。
関西空港から向かわれる場合や、大阪市内に泊まられる場合、あるいは摂津国一宮の住吉大社・坐摩神社から巡拝される場合などは、上の図を参考に、まずは大阪ミナミの中心にある近鉄「大阪難波駅」に向かってください。
大阪難波駅からは、近鉄奈良線の「区間準急」(近鉄奈良行きまたは大和西大寺行き)に乗ってください。
枚岡駅までの所要時間は約25分です。
枚岡駅から枚岡神社への道順は以下のとおりです。
なお、大阪方面から枚岡駅に到着したときと、奈良方面から枚岡駅に到着したときでは、改札口が別々で、その先の道順も少し違いますので下記ご注意ください。
なお、前述のように、石柱の「平岡大社」は「枚岡神社」のことです。
ご紹介は以上です。それでは、よい旅を!
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